パクセの町とサバナケットへの道

パクセはラオス南部の最大の街、タイ、カンボジアとの国境も近く、またベトナムへも国境が開かれており、インドシナの要衝の一つかと思います。街はさほど大きくはありませんが、特に今は中国資本も入ってきているようでかなり賑やかでした。さらに南に欧米人が好きそうな景勝地もあるため、彼らの姿も多く見かけました。

3600-_1060520 メコンにかかる橋
因みにこの橋の対岸もラオスです。ここではメコン川はタイとの国境を流れてはいないのですね。
自転車借りて走り回ったけど、暑かった・・・・・・。

3600-_1060522 タラート
パクセ最大の市場。バイクは駐輪代がいるようだったので私もそうかなと警察官みたいな人に訊いたら、自転車は無料だそうでした。

3600-_1060523 魚とか

3600-_1060524 野菜とか

3600-_1060525 たぶんタバコ

などは大量に売られており、賑わっているのですが、布を売る店はごくわずかで、閑散としていました。よい布も見当たらなかった。あ、私にとってよい布、という意味ですが。
すべて見たわけではないけれども、ビーズ織りは見かけなかったな。

パクセからはラオス中部のサバナケットへバスで向かいます。
ラオスは町から遠くはなれた所にわざわざバス駅が作られていることが多く、長距離バスの料金と、町中からそこまで行く料金がさして変わらないとかむしろ高いとか、そういうことがよくあります。政策的なことだと思うんですよね・・・。ソンテウ(タクシーみたいなの)の仕事の確保とか、結局そういう風に動くのは外国人だけなのでそこからはぼったくろうとか、そういうことなんじゃないかと・・・・・・。
で、結局、ゲストハウスなどでバス駅への移動費込みのチケットを買うのが最も安くて便利ということになっている。私はどうもこれが苦手で、なんか自分の旅を他人にコントロールされるようで嫌なんですよね。でもまぁしょうがないので今回は、宿で手配してもらいました。

連れて行かれた先はガソリンスタンド。ここで待っていたバスに乗り換えるわけです。

3600-_1060526 ガラス割れとる

オンボロの韓国製バスでした。

3600-_1060528 しかも壊れとる!

給油しているのかと思ってたんだけど、やけに長いし、どうしたんだろうと下りて見に行ったら修理してる・・・。それがいつまで経っても終わる気配がない・・・。
最初乗っていた欧米人3人は、誰にも何も告げずにボディから荷物取ってどっか行ってしまいました。たぶんバス駅に行って別のバスを探したんだと思います。私は・・・・・・、なんかめんどくさいしー、お金払っちゃってるしー、ラオス人はみんな待ってるしー。で、待つことにしました。
そしたら、欧米人たちが立ち去ってからほんの3分後、エンジンがかかるじゃないですか。大喜びのラオス人たち+私、を満載してバスは無事に発車しました。
まーでもこれでバス駅に寄るだろうから、あの欧米人たちは笑いながらこのバスに乗ってくるんだろうと思ったんですが、バスはそのままどこにも寄らずに町を出てしまった。因みにパクセにはバス駅がいくつもあるので、このバスは町の南バス駅から来たわけで、北バス駅に寄るのだと思ったんだけど。

3600-_1060530 途中でお買い物

2時間半くらい遅れたので、皆さんお腹が空いたとみえてお買い物タイム。私は今回こういうのはパスしました。スケジュールがタイトな時は最大限に注意して動きます。

3600-_1060532 まっすぐな道

バイクは多いですがまだ車は少ないな、ラオスの幹線道路。バスも4席ずつのごく普通の観光バス(ただしボロボロ)で、特に人や荷物が満載になるということもなく、無事に走り続けました。
サバナケットまであと30キロくらいの地点で、なぜか私だけ下ろされて、別のバスに乗り換えさせられたのがよくわかりませんでしたが、きっと私が乗っていたバスはサバナケットのバス駅には行かずにそのままもっと先まで行くやつだったのかな?

朝の8時にパクセのゲストハウスを出て、2時には遅くともサバナケットに着くはずでしたが、結局着いたら5時近くになっており、予定が狂いました。サバナケットに1泊してもいいかと思っていたけど、何だかいったんタイに戻りたくなったので、そのまま最終の国際バスに乗って対岸のムクダハンに渡っちゃいました。

3600-_1060534 国際バス

対岸のムクダハンまではイミグレ込みで1時間弱。半分くらいしか乗っていなかったし、全員タイ人かラオス人だったので、イミグレ通過もとても早かったです。タイ側のイミグレの係官は私と同じくらいの年格好の女性でしたが、
「どこに行きますか?」
「ムクダハンです」
「あら、ムクダハンで泊まるの? どこに泊まりますか?」
「えーっと、クオファホテルです」
「あー、いいホテルよ、タイにお帰りなさい」
とニッコリ言ってくれました。暇なので余裕があるのはそうなんだけど、こういう人に当たるとほんとほっとするし、目の前が明るくなる気がする。

ムクダハンで泊まるのを驚かれたのでこっちも驚いたんだけど、国境バスが着いたバス駅では、殆どの乗客がバンコク行きの客引きに連れられて構内に入って行ったので、なるほどそういうことかと。ムクダハンで泊まるのはけっこう珍しいんだなとわかりました。
ホテルは安宿なんだけどスタッフがとても気持ち良い人たちで、部屋も清潔、言うことなし。ナイトマーケットもあって買い歩きも楽しく、今回の旅でいちばん気に入った街になりました。ムクダハンに泊まったのはこれが初めてだったけど、また夫と一緒の時に訪れたい街になりました。

ビーズ織りの村へ

ラオスはまだまだ公共交通網の発達が遅れており、下手するとえらいことになる。というのは体験上知っていましたが、パクセから片道6~70キロある織りの村までバイクで行くってのにも勇気が要りました。学生時代に原チャリに乗っていたのが最初で最後なので、かれこれ30年近くバイクには乗っていない。もちろんラオスで近距離を乗ったことならあるんだけど・・・、でも片道6~70キロというのはかなりな冒険。事故ったら、バイクが故障したら・・・。
迷いに迷った末に、バスに賭けることにしました。
ゲストハウスでちょっと訊いてみたらツアーもあるからそれに参加するのが一番いいって言われたんだけど、それだと興味ない滝に何箇所も連れて行かれたあげく、織りの村の滞在時間は15分・・・。滝はほんとどうでもいいのでやめました。

3600-_1060489 行きはよいよい

行きはバス駅に行って普通にバスに乗り、運転手にも助手にも隣のお姉ちゃんにも「フェイタイフン村に行く!」と宣言したので、ちゃんと下ろしてくれました。忘れてたけどこの隣のお姉ちゃん、箸が転がってもおかしい年代なのかとにかくよく笑ってて、しまいに私の肩に頭乗っけて寝てた、なんか勘違いされたのかしら・・・(笑)

3600-_1060492 村のギャラリー

ここに村人たちが自分の作品を展示していて、誰かが来るとあっちこっちの家から人がここに押し寄せてきます。私が行く前に欧米人ツーリストが数人バイクで来ていました。彼らが去ると私だけになり、全員と交渉するのが大変でした。言葉通じないけど数字は万国共通です。欲しかったものが手に入って大満足でした。

3600-_1060498 作業中

カトゥ族というベトナム系の少数民族です。
見てわかるとおり、カトゥ族の織物には、織機が存在しない。端っこを押さえるのは自分の両足。もう片方を押さえるのは自分の腰です。足と腰で張力を出して手元で織っていく。腰機を使う織りは他の民族でもやっており見たことがあるけど、その場合も柱などを支点にしていたと思うので、この完全に自分の体だけで織るのは珍しいのではないかと思います。

3600-_1060497

ダンナさんも糸巻きでお手伝い。歯が痛いと言ってた。

3600-_1060502 叩き込み中かな
横糸に通したビーズを縦糸と交差させながら指定の位置に置いていくという、私のようないい加減な人間には出来そうもない難しげな織りでした。1本(そんなに長くはないんだけど)織るのにどれくらいかかるんだろうか、正味の話で。

この後、このお家でご飯をごちそうになっている時に、バスが1台通過していきました。後から思えばこのバスこそが私の命綱だったのです。

村に着いたのは10時頃だったかな、それからいろいろしていて、バスを待ち始めたのは11時50分でした。村人曰く、12時、1時、2時、3時、4時、バスはたくさんある、とのこと。
しかし、待てど暮せばバスは来ません。2時もとうに過ぎ、そろそろやばいかもと思い始めた私の視界に、空を覆ってこちらに近づいてくる黒雲が。スコールです。土砂降りになりました。近くの物置みたいなところの屋根下に避難。でもバスが来るかもしれないので時々道路まで見に行く。の繰り返し。
と、3時15分頃に、待ちに待ったバスがやってきました。雨の中、私は全力で手を振り、バスもウインカーを出して減速し始めました。
やれやれ助かった・・・・・・。

ところがバスは、なぜか急にウインカーを引っ込めてスピードを上げたと思うと、私の前を無情にも通過していってしまったのでした。
いったい何が悪かったのか・・・。変なおばちゃんが荷物たくさん(と言ってもそんなじゃないしな)持っているのが悪かったのかな?
わかりません。考えても無駄です。旅をしていればこういう目にも遭う、ただそれだけのこと。

しかしそこからがまた・・・・・・。
4時を過ぎ、日がだんだん傾いてきました。
まずいです。でも村には1軒だけ、泊まれる家があるのは情報として持っていましたので、最悪ここに行こうと決めました。6時半まで待ってダメだったらもう泊まろうと。

日はどんどん傾き、人々は足早に家へと帰っていきます。みんな私が何時間もそこにいるのは知っているけど、どうにもならんですもんね。
そしてもうどの車もヘッドライトを灯し始めた5時20分、遠くにバスらしきものが見えました。再び全力で手を振っていると、今度は止まってくれました。
「どこまで?」
「パクセまで!」
「乗りな」
プシューッとエアーの音を響かせながらドアが開きました。
神様ですよ。もうこの運転手っていうか助手、神様です。
乗ったバスは、なんと、寝台バスでした。乗った所で袋を渡されたので、ちょうどスコールに遭ってサンダルがドロドロだったのですぐに脱ぎ、裸足で案内されるまま最後方に。そこの上段のベッドが私の席。右隣オッサン、左隣セーネン。いいんでしょうか・・・・・・。とにかく潜り込み、荷物を置き、ほっとして外を見るともう真っ暗になっていました。

バイクで来ればよかったと、100万回くらい後悔した。もう行くことはないかと思うけど、もしまた行くとしたら絶対にバイクで行きます。
5時間半、村の中の一本道の道端で、一人ぼっちの刑。久しぶりにかなり堪える半日でした。

3600-_1060517

スコールが近づいてきた一本道。辛かった・・・・・・。
帰れてよかった・・・・・・。

織りの村へ行く、織りを見る、布を買う、それがメインだったのに、来ないバスを待つ5時間半が記憶の中心に居座る、そんな村日帰りの1日でした。

 

 

チョンメック~ワンタオ国境を超えてラオスへ

今回通った最初の国境は、タイとラオスを結ぶ最南部にある場所でした。タイの首都バンコクからは、飛行機でウボンラチャタニへ。列車でもバスでも行けます。
ウボンからは、国際バスが1日2本出ているので、時間が合えばこれで行くのが楽です。
私は2本めの国際バスまで2時間半近く時間があったので、バスを乗り継いでいくことにしました。

3600-_1060475 ウボンバス駅で
右端に写っているワゴン(タイではロットゥーと呼びます)で、国境の町まで100バーツ。ロットゥーはたぶん30分置きだと思います。満車にならなくても発車。

3600-_1060476 国境から振り返る
チョンメックのバス駅に着くと、バイタクが客引きに来るので乗ります。交渉は特にせず20バーツで行ってもらいました。
国境手前からタイ側を振り返るとこんな感じです。
タイ側でまずは出国。そこからなぜか地下通路のようなところを通って行き、地上に出ると、そこに国境が。

3600-_1060478 国境~
この人々が腰掛けている柵が国境線なんだって。ポーズを取ってくれるラオスの方々です。
これをまたいで向こう側に行くとラオスのイミグレがあり、そこで入国手続きをして、完了。日本人はビザフリーなので、こういう時にたいへん助かるというか、ほんと無料で入れてくれてありがとうございます。

3600-p1060482 ラオス側
イミグレの付近にも物売りの屋台などが出ていて、のどかな雰囲気でした。果物とか野菜が多かったような。誰が買うんだろうね、タイ人?

3600-_1060485 バス待ち場

ここまでちょっと歩く。そこにはロットゥーがいるけど、こちら側は時刻表はなく、客が満員にならないと、というか、満員以上に客が乗らないと出発しません。2時間は軽く待ったと思うので、国際バスに追いつかれそうだった(追いつかれたかも・・・)。

国境からパクセまでは1時間ちょっとかかりました。到着したのは橋を渡った大きな市場の近くでした。すぐにトゥクトゥクが来たので値段交渉してホテルまで。

パクセ到着が夕方になる予定だったので、あらかじめagodaで1泊だけ予約して行きました。しかし到着したホテルでは、部屋がない事件勃発。いきなりやられました。
「この部屋があなたの部屋なんだけど、いま人がいます。で、こっちの部屋ならあるんですが、15万キップです。あなたはあなたの部屋との差額5万キップを払う必要があります」
要約するとこんなようなことをホテルの人が言っていて(ここまで軽く10分はかかっている)、私は私で
「はぁ? 何で私が5万キップ払わなきゃならないのか理解できません。私はそんな金額を払いません。私は私が予約した部屋に泊まりたい、ただそれだけです、どこか間違ってますか?????(怒)」
と下手な英語で言い募るわけで、すったもんだ30分。ようやく別の人が出てきて、
「じゃ、こっちの部屋でいいです、値段も一緒でいいです」
と。当たり前じゃないですか! 恩着せがましく言わないでほしいです。

結局このホテル、翌朝チェックアウトしようとすると再び差額の5万キップと言い始め、うんざり。もちろん払いませんが、「わかりました」と言わせるまでにこれまた15分はたっぷりかかり、本当に疲れた。
ランカムホテルと言ったかな。一応老舗っぽかったですけど、微妙なホテルでした。

翌日はいよいよ織りの村へ行きます。ではまた~

 

 

非公式ブログ復活のお知らせ

しばらく休眠中だった非公式ブログを復活させましたのでお知らせします。

軽井沢森暮らし日記

上記で懲りずに継続します。
またよろしくお願いします。

非公式の方は、布服屋に関わりのない読書記録やコンサート鑑賞記録や、そういう日々の雑事がだらだらと書かれていくブログです。

帰国しました

こんにちは、お久しぶりです。30日の夜に無事帰国しました。

旅行中に更新しようと思ったのですが、何と、自分のブログに入れないというまさかの事態に・・・。いつの間にパスワードを変更したのか記憶になく、結局そのまま帰国となってしまいました。

今回は。
バンコクから東北部のウボンに飛び、タイ~ラオス間の陸上の国境を越えてパクセに。サラワン県のとある村を往復し(ここでまさかの帰るバスがない5時間半村の一本道で一人ぼっちの刑)、サバナケットへメコンを遡り、この時のバスもぶっ壊れて3時間も時間ロスしたので懲りていったんタイへ戻り。タイ側をさらにメコンを遡ってノンカイまで行き、またまた国境を越えてビエンチャンへ。そしてまたタイへ戻り、チェンマイへ。最後はバンコク経由で帰国。
という旅でした。とにかく移動に次ぐ移動で疲れたのと気が抜けなかったのとで、ビールすら飲まずにひたすら動いていた感じ。チェンマイに行くバスは夜行で12時間半ほどかかり、タイバス特有のチルドバスでした。こっちはフリース着て凌ごうとしたのですが、防ぎきれずにやっぱり風邪を引きました。最後の最後にバンコクに移動する日がいちばん酷く、到着後はホテルにこもって、徒歩3分のコンビニに行くのがやっとというていたらくで。お土産も買えなくてなんだかな~という気分で帰国しました。

結局、パブロンゴールドが最強、という。
何を検証しに行ったのかと。

南ラオスでは布の収穫があり、何はともあれそれが最大のよいことでした。
チェンマイでもそこそこ生地を探すことができました。やはり時期によって、店にも商品がある時期、ない時期があるので、こればっかりは運不運というものですね。ビエンチャンは思ったほどではなかったけど、うーん、まぁゼロではなかったからいいか、という感じです。

しかしタイの物価上昇は依然衰えを見せません。ホテルも食事もそしてもちろん生地も。加えて今回、出発する直前にトランプ・ショックによって急激に円安になったため、ダブルパンチでした。行っている間にもどんどん円安が進んでいるとみえて、レートが日に日に悪くなっていく。
あ゛~、とか、う゛~、とか言いながら換金してました。

と、そんな感じの旅でした。また写真なんかも整理したらもうちょっと詳しく書こうかと思います。ではまた~