ビーズ織りの村へ

ラオスはまだまだ公共交通網の発達が遅れており、下手するとえらいことになる。というのは体験上知っていましたが、パクセから片道6~70キロある織りの村までバイクで行くってのにも勇気が要りました。学生時代に原チャリに乗っていたのが最初で最後なので、かれこれ30年近くバイクには乗っていない。もちろんラオスで近距離を乗ったことならあるんだけど・・・、でも片道6~70キロというのはかなりな冒険。事故ったら、バイクが故障したら・・・。
迷いに迷った末に、バスに賭けることにしました。
ゲストハウスでちょっと訊いてみたらツアーもあるからそれに参加するのが一番いいって言われたんだけど、それだと興味ない滝に何箇所も連れて行かれたあげく、織りの村の滞在時間は15分・・・。滝はほんとどうでもいいのでやめました。

3600-_1060489 行きはよいよい

行きはバス駅に行って普通にバスに乗り、運転手にも助手にも隣のお姉ちゃんにも「フェイタイフン村に行く!」と宣言したので、ちゃんと下ろしてくれました。忘れてたけどこの隣のお姉ちゃん、箸が転がってもおかしい年代なのかとにかくよく笑ってて、しまいに私の肩に頭乗っけて寝てた、なんか勘違いされたのかしら・・・(笑)

3600-_1060492 村のギャラリー

ここに村人たちが自分の作品を展示していて、誰かが来るとあっちこっちの家から人がここに押し寄せてきます。私が行く前に欧米人ツーリストが数人バイクで来ていました。彼らが去ると私だけになり、全員と交渉するのが大変でした。言葉通じないけど数字は万国共通です。欲しかったものが手に入って大満足でした。

3600-_1060498 作業中

カトゥ族というベトナム系の少数民族です。
見てわかるとおり、カトゥ族の織物には、織機が存在しない。端っこを押さえるのは自分の両足。もう片方を押さえるのは自分の腰です。足と腰で張力を出して手元で織っていく。腰機を使う織りは他の民族でもやっており見たことがあるけど、その場合も柱などを支点にしていたと思うので、この完全に自分の体だけで織るのは珍しいのではないかと思います。

3600-_1060497

ダンナさんも糸巻きでお手伝い。歯が痛いと言ってた。

3600-_1060502 叩き込み中かな
横糸に通したビーズを縦糸と交差させながら指定の位置に置いていくという、私のようないい加減な人間には出来そうもない難しげな織りでした。1本(そんなに長くはないんだけど)織るのにどれくらいかかるんだろうか、正味の話で。

この後、このお家でご飯をごちそうになっている時に、バスが1台通過していきました。後から思えばこのバスこそが私の命綱だったのです。

村に着いたのは10時頃だったかな、それからいろいろしていて、バスを待ち始めたのは11時50分でした。村人曰く、12時、1時、2時、3時、4時、バスはたくさんある、とのこと。
しかし、待てど暮せばバスは来ません。2時もとうに過ぎ、そろそろやばいかもと思い始めた私の視界に、空を覆ってこちらに近づいてくる黒雲が。スコールです。土砂降りになりました。近くの物置みたいなところの屋根下に避難。でもバスが来るかもしれないので時々道路まで見に行く。の繰り返し。
と、3時15分頃に、待ちに待ったバスがやってきました。雨の中、私は全力で手を振り、バスもウインカーを出して減速し始めました。
やれやれ助かった・・・・・・。

ところがバスは、なぜか急にウインカーを引っ込めてスピードを上げたと思うと、私の前を無情にも通過していってしまったのでした。
いったい何が悪かったのか・・・。変なおばちゃんが荷物たくさん(と言ってもそんなじゃないしな)持っているのが悪かったのかな?
わかりません。考えても無駄です。旅をしていればこういう目にも遭う、ただそれだけのこと。

しかしそこからがまた・・・・・・。
4時を過ぎ、日がだんだん傾いてきました。
まずいです。でも村には1軒だけ、泊まれる家があるのは情報として持っていましたので、最悪ここに行こうと決めました。6時半まで待ってダメだったらもう泊まろうと。

日はどんどん傾き、人々は足早に家へと帰っていきます。みんな私が何時間もそこにいるのは知っているけど、どうにもならんですもんね。
そしてもうどの車もヘッドライトを灯し始めた5時20分、遠くにバスらしきものが見えました。再び全力で手を振っていると、今度は止まってくれました。
「どこまで?」
「パクセまで!」
「乗りな」
プシューッとエアーの音を響かせながらドアが開きました。
神様ですよ。もうこの運転手っていうか助手、神様です。
乗ったバスは、なんと、寝台バスでした。乗った所で袋を渡されたので、ちょうどスコールに遭ってサンダルがドロドロだったのですぐに脱ぎ、裸足で案内されるまま最後方に。そこの上段のベッドが私の席。右隣オッサン、左隣セーネン。いいんでしょうか・・・・・・。とにかく潜り込み、荷物を置き、ほっとして外を見るともう真っ暗になっていました。

バイクで来ればよかったと、100万回くらい後悔した。もう行くことはないかと思うけど、もしまた行くとしたら絶対にバイクで行きます。
5時間半、村の中の一本道の道端で、一人ぼっちの刑。久しぶりにかなり堪える半日でした。

3600-_1060517

スコールが近づいてきた一本道。辛かった・・・・・・。
帰れてよかった・・・・・・。

織りの村へ行く、織りを見る、布を買う、それがメインだったのに、来ないバスを待つ5時間半が記憶の中心に居座る、そんな村日帰りの1日でした。

 

 

チョンメック~ワンタオ国境を超えてラオスへ

今回通った最初の国境は、タイとラオスを結ぶ最南部にある場所でした。タイの首都バンコクからは、飛行機でウボンラチャタニへ。列車でもバスでも行けます。
ウボンからは、国際バスが1日2本出ているので、時間が合えばこれで行くのが楽です。
私は2本めの国際バスまで2時間半近く時間があったので、バスを乗り継いでいくことにしました。

3600-_1060475 ウボンバス駅で
右端に写っているワゴン(タイではロットゥーと呼びます)で、国境の町まで100バーツ。ロットゥーはたぶん30分置きだと思います。満車にならなくても発車。

3600-_1060476 国境から振り返る
チョンメックのバス駅に着くと、バイタクが客引きに来るので乗ります。交渉は特にせず20バーツで行ってもらいました。
国境手前からタイ側を振り返るとこんな感じです。
タイ側でまずは出国。そこからなぜか地下通路のようなところを通って行き、地上に出ると、そこに国境が。

3600-_1060478 国境~
この人々が腰掛けている柵が国境線なんだって。ポーズを取ってくれるラオスの方々です。
これをまたいで向こう側に行くとラオスのイミグレがあり、そこで入国手続きをして、完了。日本人はビザフリーなので、こういう時にたいへん助かるというか、ほんと無料で入れてくれてありがとうございます。

3600-p1060482 ラオス側
イミグレの付近にも物売りの屋台などが出ていて、のどかな雰囲気でした。果物とか野菜が多かったような。誰が買うんだろうね、タイ人?

3600-_1060485 バス待ち場

ここまでちょっと歩く。そこにはロットゥーがいるけど、こちら側は時刻表はなく、客が満員にならないと、というか、満員以上に客が乗らないと出発しません。2時間は軽く待ったと思うので、国際バスに追いつかれそうだった(追いつかれたかも・・・)。

国境からパクセまでは1時間ちょっとかかりました。到着したのは橋を渡った大きな市場の近くでした。すぐにトゥクトゥクが来たので値段交渉してホテルまで。

パクセ到着が夕方になる予定だったので、あらかじめagodaで1泊だけ予約して行きました。しかし到着したホテルでは、部屋がない事件勃発。いきなりやられました。
「この部屋があなたの部屋なんだけど、いま人がいます。で、こっちの部屋ならあるんですが、15万キップです。あなたはあなたの部屋との差額5万キップを払う必要があります」
要約するとこんなようなことをホテルの人が言っていて(ここまで軽く10分はかかっている)、私は私で
「はぁ? 何で私が5万キップ払わなきゃならないのか理解できません。私はそんな金額を払いません。私は私が予約した部屋に泊まりたい、ただそれだけです、どこか間違ってますか?????(怒)」
と下手な英語で言い募るわけで、すったもんだ30分。ようやく別の人が出てきて、
「じゃ、こっちの部屋でいいです、値段も一緒でいいです」
と。当たり前じゃないですか! 恩着せがましく言わないでほしいです。

結局このホテル、翌朝チェックアウトしようとすると再び差額の5万キップと言い始め、うんざり。もちろん払いませんが、「わかりました」と言わせるまでにこれまた15分はたっぷりかかり、本当に疲れた。
ランカムホテルと言ったかな。一応老舗っぽかったですけど、微妙なホテルでした。

翌日はいよいよ織りの村へ行きます。ではまた~

 

 

帰国しました

こんにちは、お久しぶりです。30日の夜に無事帰国しました。

旅行中に更新しようと思ったのですが、何と、自分のブログに入れないというまさかの事態に・・・。いつの間にパスワードを変更したのか記憶になく、結局そのまま帰国となってしまいました。

今回は。
バンコクから東北部のウボンに飛び、タイ~ラオス間の陸上の国境を越えてパクセに。サラワン県のとある村を往復し(ここでまさかの帰るバスがない5時間半村の一本道で一人ぼっちの刑)、サバナケットへメコンを遡り、この時のバスもぶっ壊れて3時間も時間ロスしたので懲りていったんタイへ戻り。タイ側をさらにメコンを遡ってノンカイまで行き、またまた国境を越えてビエンチャンへ。そしてまたタイへ戻り、チェンマイへ。最後はバンコク経由で帰国。
という旅でした。とにかく移動に次ぐ移動で疲れたのと気が抜けなかったのとで、ビールすら飲まずにひたすら動いていた感じ。チェンマイに行くバスは夜行で12時間半ほどかかり、タイバス特有のチルドバスでした。こっちはフリース着て凌ごうとしたのですが、防ぎきれずにやっぱり風邪を引きました。最後の最後にバンコクに移動する日がいちばん酷く、到着後はホテルにこもって、徒歩3分のコンビニに行くのがやっとというていたらくで。お土産も買えなくてなんだかな~という気分で帰国しました。

結局、パブロンゴールドが最強、という。
何を検証しに行ったのかと。

南ラオスでは布の収穫があり、何はともあれそれが最大のよいことでした。
チェンマイでもそこそこ生地を探すことができました。やはり時期によって、店にも商品がある時期、ない時期があるので、こればっかりは運不運というものですね。ビエンチャンは思ったほどではなかったけど、うーん、まぁゼロではなかったからいいか、という感じです。

しかしタイの物価上昇は依然衰えを見せません。ホテルも食事もそしてもちろん生地も。加えて今回、出発する直前にトランプ・ショックによって急激に円安になったため、ダブルパンチでした。行っている間にもどんどん円安が進んでいるとみえて、レートが日に日に悪くなっていく。
あ゛~、とか、う゛~、とか言いながら換金してました。

と、そんな感じの旅でした。また写真なんかも整理したらもうちょっと詳しく書こうかと思います。ではまた~